犬飼貴丈の父親はなぜ蒸発した?壮絶な生い立ちと母親の名言まとめ

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犬飼貴丈の父親はなぜ蒸発した?壮絶な生い立ちと母親の名言まとめ プロフィール・学歴・家族
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仮面ライダービルドや大河ドラマで活躍する俳優・犬飼貴丈さん。端正な顔立ちと飄々としたキャラクターで人気を集めていますが、実はその裏に、なかなか壮絶な幼少期があることをご存じでしょうか。

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2020年にYouTubeで公開した動画「生きる」の中で、犬飼さん自身が自分の半生をあっけらかんと語っており、その内容がファンの間で大きな話題になりました。

この記事では、犬飼さんの父親が蒸発した経緯から、母子家庭での生活、荒れていた学生時代、そして俳優デビューのきっかけになった母親の名言まで、まとめてご紹介します。


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犬飼貴丈の父親はなぜ蒸発したのか

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犬飼さんが4歳のとき、父親がフィリピンパブの女性に深くのめり込み、その女性とともに国外へ逃亡してしまいました。大量のカップラーメンを持って去っていったという話も本人が語っており、なんとも言えない脱力感のあるエピソードとして知られています。

幼い犬飼さんと母親を残して姿を消した父親ですが、しばらくの間は養育費だけは振り込まれていたとのこと。ところが犬飼さんが12歳になったころ、その養育費も突然途絶えてしまいます。

母親は女手ひとつで息子を育てながら生活を支えることになりました。この経験は犬飼さん自身の人格形成にも大きく影響していると思われます。


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母子家庭での生活と引っ越し

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父親が去った後、犬飼さん親子の生活環境も大きく変わっていきます。

もともと千葉県で暮らしていた犬飼さん一家でしたが、養育費が途絶えたことで経済的に苦しくなり、母親の実家がある徳島県へ引っ越すことになりました。

小学校を途中で転校し、知り合いもいない土地で新生活をスタートさせた犬飼さん。子どもにとってはなかなかタフな環境ですが、その後の犬飼さんのブレない精神力は、こういった経験が土台になっているのかもしれません。


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学生時代は「偏差値2」で荒れていた時期も

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徳島に移ってからの学生時代について、犬飼さんは自ら「かなり荒れていた」と語っています。

なかでも印象的なのが「偏差値2」という衝撃的な数字。高校時代は勉強そっちのけで遊びに夢中になっており、当然のように進路は白紙。大学進学も就職もうまくいかず、高校3年生のとき、自宅で将来を悩んで落ち込んでいたそうです。

バイトを初日でクビになるエピソードや、居酒屋で客と一緒に飲み食いして解雇されるエピソードも、ちょうどこの頃の話です。「やらかしエピソード」として語られることが多いですが、当時の犬飪さんにとってはそれくらい先の見えない時期だったとも言えます。

犬飼さんの学歴についてはこちらの記事にまとめています!


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人生が変わった母親の一言

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そんな息子の様子を見ていた母親が、ある日こう言い放ちます。

犬飼母<br>(イメージ)
犬飼母
(イメージ)

あんた、顔だけはよく産んであげてるんやから、ジュノンに応募してみたら?

褒めてるんだか貶してるんだかよくわからないこの一言が、犬飼さんの人生を変えることになります。

当初は本人もそこまで乗り気ではなかったようですが、母親の勧めを受けて2012年の「第25回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」に応募。なんと応募総数13,816人の中からグランプリを獲得し、芸能界入りを果たします。

コンテスト前日には母親と同じホテルの部屋に泊まったものの、母親のいびきがひどくて一睡もできないまま本番に臨んだという話も。しかも本番ではイントロから音響トラブルが起きるハプニングがあったにもかかわらず、見事栄冠を手にしました。

なにかとドラマチックな人ですね。


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芸能界デビュー後も4年間は「電話番」だった

グランプリを獲得してバーニングプロダクションに所属した犬飼さんですが、デビュー後すぐに活躍できたわけではありません。

事務所に入ってからの約4年間は、仕事がほとんどない状態が続き、事務所内で「電話番」を任されていたそうです。本人は「本当にシャイで、ハキハキとしゃべることもできないような人間だったため、内面を変えるための修業期間だったと思っている」と振り返っています。

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その後、23歳のときに『仮面ライダービルド』の主演に抜擢され、一気にブレイク。下積み時代の長さが、俳優としての厚みにつながっているのかもしれません。


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母親はずっと息子の一番のファンだった

苦労して息子を育て上げた母親は、犬飼さんが有名になってからも変わらず応援し続けています。

2018年の映画『劇場版 仮面ライダービルド Be the One』の上映会では、大勢のファンに混ざって最前列に陣取っていたとのこと。その様子を犬飼さんは「目を合わせないようにしていた」と照れ笑いで明かしています。

また犬飼さんがまだ無名だった頃、地元徳島にロケ番組『旅サラダ』が来た際、お母さんはスタッフに「ウチの息子をぜひ旅サラダに出してくれ」と直談判していたというエピソードも。この行動力とメンタルの強さ、犬飼さんの天然キャラはお母さん譲りかもしれませんね。


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まとめ|壮絶な生い立ちが今の犬飼貴丈を作った

犬飼貴丈さんの生い立ちをまとめると、こうなります。

4歳で父親が国外逃亡。12歳で養育費が途絶え、徳島へ引っ越し。学生時代は偏差値2で荒れた時期もあり、進路も白紙。そんな中、母親の一言をきっかけにジュノンのグランプリを獲得し、4年間の下積みを経て仮面ライダービルドの主演で一躍スターに。

どこを切り取ってもドラマがある半生ですが、犬飼さん本人はこれらをあっけらかんと笑い話として語れるあたり、やはり並のメンタルではないなと思います。その強さの根っこには、どんな状況でも息子の味方でいてくれた母親の存在があるのかもしれません。


犬飼さんと指原莉乃さんの馴れ初めや結婚の最新情報はこちら

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