
平昌オリンピックで2つの金メダルを獲得し、現役引退後は解説やバラエティ番組で活躍する高木菜那さん。
「高木姉妹」として妹・高木美帆さんとの関係が注目されますが、実は2人には兄もいます。
高木菜那さんの家族について気になってる方もいるのではないでしょうか?
この記事では、高木菜那さんが本人インタビューで公表した範囲から、家族構成、兄や妹との関係、両親の子育て方針を紹介します。
高木菜那の家族構成は5人家族
高木菜那さんの家族構成は、父親・母親・兄・菜那さん・妹の高木美帆さんという5人家族です。
– 父親:競技の結果に一喜一憂せず、子供を見守った
– 母親:父親とともに、家ではスケートの話をしない方針だった
– 兄:菜那さんの2歳上。3きょうだいで最初にスケートを始めた
– 高木菜那:1992年7月2日生まれ。3きょうだいの真ん中
– 妹・高木美帆:菜那さんの2歳下。スピードスケート選手
両親と兄は一般の方です。本人が公表していない名前や勤務先、詳しい住所などには触れず、菜那さん自身が話した家族エピソードを中心に見ていきます。
高木菜那は3きょうだいの真ん中
菜那さんと美帆さんは「高木姉妹」と呼ばれるため、2人姉妹だと思われることもあります。
しかし実際は、2歳上の兄、菜那さん、2歳下の美帆さんという3きょうだいです。菜那さんは兄と妹に挟まれた真ん中の子供になります。
2026年のHugKumのインタビューでは、両親が共働きで忙しかった分、きょうだいの仲はとても良かったと振り返っています。
実家は北海道幕別町
高木菜那さんは北海道中川郡幕別町出身です。妹の美帆さんも同じ幕別町で育ち、幼い頃からスピードスケートに取り組みました。
北海道の屋外リンクで練習を重ね、姉妹そろって世界で活躍する選手に成長しています。

世界的な姉妹のスタートには、先にスケートを始めていたお兄さんの存在がありました。
高木菜那の兄はどんな人?
高木菜那さんの兄は一般の方ですが、菜那さんと美帆さんの競技人生に大きな影響を与えた人物です。
兄の影響でスピードスケートを始めた
菜那さんは、兄がスピードスケートをしていたため、自分も自然に競技を始めたと語っています。その後、美帆さんもスケートを始めました。
菜那さんは、もし兄がいなければ、自分も美帆さんもスケートをしていなかったかもしれないと振り返っています。オリンピックで活躍した高木姉妹の原点には、兄の存在があったのです。
きょうだいで一番スケート好きな「仏」タイプ
HugKumのインタビューで、菜那さんは3きょうだいの性格を次のように表現しています。
– 兄は「仏」
– 菜那さんは「自由」
– 美帆さんは「真面目」
兄については、3きょうだいの中で一番スケートが好きで、いつも一番近くで妹たちを応援してくれたとも話しています。
2026年3月には、自身のInstagramで兄・美帆さんとの3きょうだいショットを公開。兄の影響で始めたスケートが、3人にとって大切なものになったとつづりました。
高木菜那と妹・高木美帆の関係

菜那さんと美帆さんは仲の良い姉妹である一方、同じ世界のトップを目指すライバルでもありました。
姉妹の関係は、幼少期から現役時代、菜那さんの引退後、2026年のミラノ五輪まで少しずつ変化しています。
姉妹でありライバルだった現役時代
美帆さんは10代から世界で活躍し、姉妹は常に比較されてきました。
菜那さんは著書やインタビューで、妹との比較に苦しみ、複雑な感情を抱えた時期があったことを明かしています。
一方で、美帆さんの存在が近くにあったからこそ、自分も競技に向き合えた面があったようです。
姉妹だから単純に「仲が良い」、ライバルだから「仲が悪い」という関係ではありません。家族と競技相手という2つの立場が重なった、特別な関係でした。
引退後に「家族として大事」と再確認
菜那さんは2022年に現役を引退しました。その後、自著『7回転んでも8回起きる』を書く過程で、美帆さんが家族として大事な存在だと改めて気づいたと話しています。
2026年3月の取材会では、今は新しい関係を歩み始めている感覚があると説明しました。

競技の順位や結果から少し離れたことで、姉妹として向き合えるようになったのかもしれません。
ミラノ五輪では解説者として妹を見守った
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、菜那さんが解説者、美帆さんが選手として大会に参加しました。
解説中、菜那さんは妹を普段の呼び方ではなく「高木選手」と呼んでいました。選手への敬意と、視聴者に分かりやすく伝えることを考えて決めたそうです。
女子1500メートルのレース後には、涙を流す美帆さんを姉として抱きしめました。解説者から姉に戻った瞬間は、多くの視聴者の心を動かしました。
– 幼少期:兄の影響で姉妹ともスケートを始める
– 現役時代:姉妹であり世界を目指すライバルとして比較される
– 2022年:菜那さんが現役を引退
– 2026年2月:ミラノ五輪で菜那さんが美帆さんを解説・取材
– 2026年3月:著書刊行を通じ、家族として新しい関係を歩み始めたと発言
高木菜那の父親・母親はどんな人?
高木菜那さんの父親と母親は一般の方で、詳しいプロフィールは公表されていません。
一方、菜那さんのインタビューからは、子供の競技に過度に口を出さず、自分で考える力を大切にした両親だったことが分かります。
両親は家でスケートの話をしなかった
3きょうだいがスケートに打ち込むようになってからも、両親は基本的に家で競技の話をしなかったそうです。
菜那さんや美帆さんが結果を出すようになっても、一喜一憂せず、家では普通の娘として接していました。
家まで競技の緊張感が続かないことは、世界を目指す姉妹にとって大切な休息になっていたのではないでしょうか。
子供自身に考えさせる見守り型だった
両親はスケート経験者ではなかったため、専門的な指示を出すのではなく、子供たちが自分で考えて動けるように見守ったと菜那さんは振り返っています。
結果だけで評価せず、競技から離れれば普通の家族として過ごす。
その家庭環境が、3きょうだいの自立心を育てたのかもしれません。
同じスポーツ一家については、石田安奈さんの父親・兄とサッカー一家をまとめた記事もあわせてご覧ください。
高木菜那の家族構成まとめ
- 家族構成は父・母・2歳上の兄・菜那さん・2歳下の美帆さんの5人
- 「高木姉妹」の印象が強いが、菜那さんは3きょうだいの真ん中
- 兄の影響で菜那さんと美帆さんもスピードスケートを始めた
- 菜那さんは兄を「仏」、自分を「自由」、美帆さんを「真面目」と表現
- 美帆さんとは姉妹であり、同じ世界を目指したライバルでもあった
- 菜那さんの引退後は、家族として新しい姉妹関係を歩み始めている
- 両親は家でスケートの話をせず、子供自身に考えさせる方針だった
高木姉妹の活躍は、兄が作った競技との出会いと、結果に左右されず見守った両親に支えられていました。家族それぞれの距離感が、世界で戦う2人の土台になったのでしょう。



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