テレビやSNSで橋下徹さんの名前を見るたびに「親中派」という言葉がセットになっていることが増えた気がしませんか。
でも昔の橋下さんといえば、中国に対してかなり強い言葉で批判していたイメージがある人も多いはず。
なお、この記事は特定の立場を支持するものではなく、あくまで事実や各方面の意見を紹介するものです。
橋下徹が「親中」と言われるようになった経緯
橋下さんはもともと中国に対して厳しいスタンスで知られていました。それがなぜ「親中派」と呼ばれるようになったのか、時系列で見ていきます。
かつては中国を強く批判していた
橋下さんが大阪府知事だった2010年、尖閣諸島をめぐって中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件が起きた際、橋下さんは中国政府の対応を「信頼関係はマイナス2万点」と痛烈に批判しています。この発言は当時、中国外務省が「強い憤慨」を表明するほどの反響を呼びました。
また2013年にも中国を強く刺激するような発言をしており、この時点では「親中」とはほど遠いイメージでした。
発言のトーンが変わり始めたと言われる時期
転機として語られることが多いのが、2014年前後です。
橋下さんが大阪市長だった時代、大阪湾岸の咲洲(さきしま)メガソーラー事業に中国の電力会社・上海電力が参入しました。最初に入札で選ばれたのは日本企業でしたが、その後に合弁会社を通じて上海電力が加わる形になったとされています。
この件について「市民への説明が不十分だった」という批判が出ており、一部では「橋下氏と中国との関係があるのでは」という疑惑として語られるようになりました。
ただし、2024年には橋下さんが「上海電力に特別の便宜を与えた」という雑誌記事に対して裁判で勝訴しており、直接的な癒着があったという証拠は確認されていません。
「親中」と見られるようになった具体的な発言
橋下さんのどの発言が「親中」と批判されるようになったのか、主なものをまとめます。
2022年:ウクライナ問題での「降伏論」
2022年にロシアがウクライナに侵攻した際、橋下さんは「ウクライナは停戦・降伏も選択肢に入れるべき」という趣旨の発言をしました。
これに対して「ロシア寄りでは」「中国の台湾侵攻に同じ論理が使われる」という批判が噴出し、SNSでは「#橋下徹をテレビに出すな」というハッシュタグがトレンド入りするほどの炎上になりました。
2025年:高市首相の台湾発言への反応
2025年、高市首相が台湾に関して強い発言をした際、橋下さんはこれを批判する内容の投稿をSNSに残しました。
これに対して「中国寄りの発言だ」という批判が集まり、炎上が続いています。
橋下徹本人の立場:「現実主義者」という自己認識
一方で、橋下さん本人は自分を「親中」とは捉えていないようです。本人の考え方と、それに対する各方面の評価を整理します。
「現実主義者」としての発言スタンス
橋下さんの発言の根底にあるのは「現実主義(リアリズム)」という考え方とされています。理想論よりも、今の日本の力でできることを優先するという発想で、それが「中国に強く出ない」「対話を重視する」という発言につながっているという見方です。
つまり「中国が好き」ではなく「今の日本が中国と全面対立することのリスクを重く見ている」というスタンスだということです。
批判側・擁護側それぞれの見方
ただ、この考え方に対しては「結果的に中国を利することになる」「日本の安全保障を軽く見ている」という批判も根強くあります。
一方で「上海電力問題では裁判で勝訴している」「2010〜2013年には中国を強く批判していた」という点を根拠に、「親中レッテルは不当だ」という擁護論もあります。
また維新の会側は「橋下徹=維新=親中という図式は事実誤認」と明確に否定しており、橋下さん自身が現在は維新の会とは無関係な立場にあることも付け加えておきます。
まとめ
橋下徹さんが「親中派」と呼ばれるようになった背景には、上海電力問題、ウクライナ問題での降伏論、台湾問題での発言など、複数の出来事が重なっています。
ただ、本人は「現実主義者」としての立場を取っており、「親中」という言葉をそのまま当てはめることに疑問を呈する声も少なくありません。
その発言が結果的に中国に有利に働くという批判もあり、評価は真っ二つに分かれているのが現状です。どちらの見方が正しいかは、読者自身がさまざまな情報を見て判断するしかない部分でもあります。



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